これから投げる豆を蒔き、芽が出たなら娘をやろうと言われた鬼へ投げるため、
それはよぉく炒った大豆を撒いて疫神を追い払い、
七福束ねた海苔巻きを食して運を各々へ招き入れ。
立春を迎えたことでよくある言い回しながら、暦の上では春となったのではあるが、
「う〜〜〜、寒い〜〜〜。」
古来からの行事に持ち出される暦云々は旧暦での数えであって、
例えば 二月になって最初の午(うま)の日に行われる稲荷神社の祭りである“初午”は、
本来なら立春を年の初めとし、そこから数えるのであれば菜の花が咲き始める三月初頭ころのものとなり、
もっと暖かな、ひな祭り前後の行事だったりする。
それをイマドキの暦で“二月になって最初の午の日”と統一したらば、
こぉんな寒いころの祭りになってしまったわけで。
「本来は農耕の神様だから、その辺りのお祭りだったんだろうにねぇ。」
「馬でも狐でも構いません。お祈りするから雪を止めてほしいです。」
この冬は年明け前から既に極寒だったし、
年が明けてもその勢いは弛まずで。
北国以外へも豪風雪が襲来し、
想定外の積雪と凍結で、交通網は寸断されるわ、物資の流通も滞るわ、
相変わらず自然の猛威に弱いことを露呈した帝都だったのは記憶に新しい。
立春の今日もまた、強い低気圧がもたらした厳しい風雪による
あれやこれやの停滞模様が全国的に見受けられ。
此処、ヨコハマの港町界隈も、
時折 横殴りに吹き付ける吹雪にはかなわぬと、
観光客の姿もないまま、ずんと侘しい風景になっており。
雪のみならず、端だけ伸ばした前髪が鞭のようにしなってたなびくのへも視野を邪魔されつつ、
それでもゴーグルやイヤーマフといった装備は、虎の異能の感応を邪魔するのでつけないまま、
ぼそりと恨めし気な言いようでぼやいた少年へ、
相棒の背の高いお兄さんが苦笑交じりにまあまあと宥めるという按配で、
倉庫街の一角、今は使われていない埠頭の脇にて、
じっととある方向を見やっておいでのでこぼこコンビがいる。
この寒さなので さすがにいつもの厚みのない長外套では防寒の役を果たさぬと、
イケメンは何でも似合うものか、
機能性を重視し、重ねた前合わせをトグルで留めるダッフルタイプのを羽織って控える太宰氏と。
そんな彼の手前へ屈み、人の気配がまるでない海際の旧の搬入道をじいと見澄ましているのが、
動きやすいタイプのダウンコートをまとった虎の少年こと、中島敦という少年調査員くんで。
「雪だけか風だけならまだマシなのに。」
海際なのでそれでなくとも潮風もあり、
あらわにしたままな鼻先や剥き出しの耳朶はキンキンに冷えて痛いほど。
そこへ時折大きめのぼた雪が舞い飛ぶものだから、
動体視力が良いことが却って仇になり、いちいち反応してしまって気が休まらぬ。
せめて観光客がちらほらでもいてくれたならそこへ紛れられるものを、
この悪天候に、こんな寂れたところへ
インスタ映えだのフォトジェニックだの求めてくる酔狂な者はおらずで。
人出がないので姿を大っぴらに出来ぬまま、
こんなややこしい張り込みを、すでに1時間ほど続けておいでの二人であり。
『銃器密輸の符丁を受け渡しするという情報が入ってね。』
ポートマフィアが相手かと、微妙に胸底がきゅっと絞られてしまった敦だったが、
どうやらそうではないらしく。
中部地方で展開中の新興組織が
資金源にするために西の方から持ち込んだブツを、
関東一円で台頭中の組織へ売り渡そうとしているのだそうで。
その取引自体を潰すのは勿論だが、地元ではない場所での取引だけに慎重になっているようで。
相手を確かめるためにこんな格好で顔つなぎを取る段取りを組んだとか。
『というか、銃器を渡すのと同時進行で、こっちはこっちで身元確認という手筈らしくて。』
符丁というのはブツを詰めたコンテナの電子鍵。
なので、それを受け取らにゃあ箱ごと貰っても中身には触れられない。
無理にこじ開けようとすりゃあ爆発するとか。
『慎重になるのも無理はない、なんたって貨物船ごとという取引だ。』
国内取引でそうまで大量な規模ものは例がない。
だが、書類上の手続きは完璧だし、
向こうの港を出る時もこっちの港へ入った折も、
抜き取り検査には引っ掛からなかったというから大したもので。
輸入品ではないので税関が本格的に改めるわけにもいかぬと来て、
『なので、とにもかくにも電子鍵を手に入れてほしいんだって。』
物別れとなった挙句に自棄になって銃撃戦とやらへなだれ込んでも
賊同士が相打ちの殲滅戦とやらになるだけの自業自得だろうが、
港湾内で貨物船が爆発しては一大事。
一応はそっちへも解錠処理系の人を手配しているそうだけど、
一番の安全策は正当な鍵で開封することだろうから、
「キミらの結託という動向はもはや露見しているのだ、観念したまえ。」
ハイヤー数台で乗り付けて、空き倉庫の一つへ こそこそと潜り込んだ一党二組。
やっと来たかと凍り付きかけていた身をほぐしてから、気配のないままこっそり後へと続き。。
札束を詰めたスーツケース数個と、
一見するとフラッシュメモリ風の電子鍵とを交換しようとした黒服らへ、
実は手袋もイヤーマフもしっかと嵌めての越冬隊のようないでたちのまま、
太宰が置き去られていたコンテナの上へ仁王立ちしつつの大見得を切る。
「なっ。」
「貴様ら、しくじったな!」
「手前らこそっ!」
正に意表を突かれたそのまま、
相手こそが失態をしでかしたに違いないと睨み合う中、
「これはいただきますね。」
双方の狭間へピンポイントでひゅんっと飛び込んだ敦が、
蓋を開いたクラッチバッグに収まっていた恰好のフラッシュメモリを奪い取る。
極秘の会合だっただけに、昼下がりでも薄暗い倉庫内の照明もない中だったのと、
太宰が 天井の嵌め殺しの窓などから何とか落ちてくる明るみの中へと立って
黒服の破落戸全員の目を寄せてくれたので、
こちらは天井の別の一角、
薄暗く靄っていた辺りに居残っていたキャットウォークの上から飛び降りてきた敦は
彼らからは完全に盲点となってたようで。
「あっ。」
「小僧っ!」
そのまま ととんと軽やかに傍らに詰まれていた木箱の頂上までを駆け上がり、
その陰へと飛び込んだのを追うように、遅ればせながらの銃声が轟いたが、
今更そんなものへ怯むようなことはなく。
「貨物船の方はどうなってるんですか?」
それはシンプル、キーホルダーの飾り代わりのタグみたいなフラッシュメモリを、
はいと太宰へ手渡しつつ白銀の頭を傾げて少年が訊くと、
「これを持ってきた人がそのまま取引相手って見做される手筈らしいよ。」
そうと応じた太宰が、端正なお顔へ愛嬌のある笑みを滲ませる。
「よっぽど慎重なのか、
人より物こそ紛うことのない証しだって解釈しているみたいだね。」
今回みたいな初見の相手との取引じゃあ、
何処の誰それと指定して、そいつの写真や証明書をどれほど用意したって、
代理人ですとか言われて知らない人が来られても見分けられないからねぇ。
「なのでの“符丁”の受け渡しだったんだろうけど。」
「あ、でも、じゃあ、此処でこれを横取りされたって通報されたら。」
あっちでも警戒するんじゃあと敦が憂慮したが、
そのくらいの難点は初歩級だったか、蓬髪の教育係様、目許を弧にしてにんまり笑い、
「大丈夫。携帯端末は使えないよ。」
探偵社特製の電波妨害装置を稼働中だそうで、
強力な電波を出してのジャミングじゃあないので
それを逆に辿られて居場所が判るというよな間抜けな代物じゃあないらしい。
「敦くんが他の荷役のトラックじゃあない怪しい奴らを嗅ぎ分けてくれたから、
此処って目串も素早く刺せたのだし、私たち二人であっさり翻弄出来もしたんだしね。」
それにと、
しゃがみ込んだままペンギンのようなこそこそとした歩みで外への鉄扉までを移動しつつ、
何とも楽しそうな太宰が付け足したのは、
「おいおい、そこの二人連れ。」
「逃げられると思ってか。」
「逃げ出せるに決まっているさ。」
必死で場内を見回した相手方の中、何とか二人を見つけたらしいのが、
不吉な声を掛けつつ、じゃきりと銃を構えて言い放ったのへの応じともなっていて。
「だって、此処だという所番地の指定が出来たからこそ、
軍警の機動部隊への出動要請も、速攻、且つ正式に発行出来たのだしねぇ。」
太宰の声の末と重なり、あちこちのガラス窓が蹴破られてワイヤーが幾本も垂れ下がり。
背後の鉄扉が勢いよく開口され、
ざかざかざかと威勢のいい靴音と共に文字通りの一群がなだれ込み。
上からと背後から突入を決めた軍服姿の精鋭たちが
二人の前へ楯のように進み出てマシンガンやライフルといった銃器を構える様は圧巻で。
「…そうなんですか?」
「ああ。何でもかんでも非常事態だからっていう“緊急避難”が通りはしなくてね。」
どこぞかの塾講師のように、ピンと人差し指を立て、
「規律的に大混乱となった挙句、
後出しの始末書を山のように書くこととなるからねぇ。」
ましてや、此処までの装備を固めた、いわば一個師団級の人らを担ぎ出そうというのは、
ちょっと所轄の刑事さんたちに出て来てもらうのとは段取りも融通も格が違うと付け足して。
「今回は厳寒の中での依頼だったんで、
とある筋へちょっと無理を聞いてもらったのだよ。」
ほら、敦くんだって相当に寒い想いをしたわけだしぃと尤もらしく言いながら、
その傍らを、銃器不法所持状態の私有地不法侵入者の確保へと
一気に突入開始した機動部隊の皆様であり。
その中の、そちらは文官らしき背広姿のお人がクラフト紙の封筒に入った書類を太宰へ手渡す。
「確かに。」
にんまり笑った太宰は中を見ずとも判っているようで。
キョトンとする敦の背中をポンポンと叩き、さあさと外へ出るように促して。
「さて、向こうへこの鍵を持ってってやりましょうかね。」
to be continued. (18.02.04.〜)
NEXT →
*さて、次のお話ですが。
どういう傾向になりますかねぇ。(笑)

|